ペイネコレクション

最初に“ヒエンソウ”を少しください。それから“四っ葉のクローバー入りのウサギのパテ”、次に“忘れな草のサラダ”そして“昼顔のタルト”、飲み物はシェフお奨めの“じょうろの水”をお願いします。
最初に“ヒエンソウ”を少しください。それから“四っ葉のクローバー入りのウサギのパテ”、次に“忘れな草のサラダ”そして“昼顔のタルト”、飲み物はシェフお奨めの“じょうろの水”をお願いします。
僕の風邪をあなたに、あなたの気管支炎を僕にうつして、同じ薬を一緒に飲もうよ。
僕の風邪をあなたに、あなたの気管支炎を僕にうつして、同じ薬を一緒に飲もうよ。
私たちのように愛し合っている恋人たちなんていないわね。そうかな。水に映っている彼らをみてごらんよ。
私たちのように愛し合っている恋人たちなんていないわね。そうかな。水に映っている彼らをみてごらんよ。
秋の日のヴィオロンのためいきの身にしみて ひたぶるにうら悲し。(ヴェルレーヌ)
秋の日のヴィオロンのためいきの身にしみて ひたぶるにうら悲し。(ヴェルレーヌ)
お花のプロポーズ
お花のプロポーズ
何して遊ぶ?゛ひなぎくでの花占い?〝゛探りっこ?〝それとも゛愛撫?〝
何して遊ぶ?゛ひなぎくでの花占い?〝゛探りっこ?〝それとも゛愛撫?〝
小鳥市・・・・「じゃあ、その止まり木ごとでいくら?」
小鳥市・・・・「じゃあ、その止まり木ごとでいくら?」
ハートの贈り物
ハートの贈り物
こんなに高くまで昇れるなんて・・・・。
こんなに高くまで昇れるなんて・・・・。
信じているからいいわ、預けるわ・・・・。
信じているからいいわ、預けるわ・・・・。
幸せの鳩
幸せの鳩
あなたと離れては、もう生きていけないんだ・・・・。
あなたと離れては、もう生きていけないんだ・・・・。
恥ずかしがり屋の恋人
恥ずかしがり屋の恋人
あら、あの詩人さんは花屋さんで一夜を明かしたのね。・・・・
あら、あの詩人さんは花屋さんで一夜を明かしたのね。・・・・
すばらしいわ あなたがた詩人って だってすべてに感情をこめるんですもの。
すばらしいわ あなたがた詩人って だってすべてに感情をこめるんですもの。
もしあなたにアドバイスできるなら“どうやってキューピットの庭のオレジの花を摘むか”の章を一番おすすめします。
もしあなたにアドバイスできるなら“どうやってキューピットの庭のオレジの花を摘むか”の章を一番おすすめします。
どのくらいあなたのことを愛しているか伝えるのに十分な程、今宵が長ければ良いのだが。
どのくらいあなたのことを愛しているか伝えるのに十分な程、今宵が長ければ良いのだが。
きみ、恐がらなくていいんだよ。ほんのちょっと楽しい時を過ごすだけなんだから。
きみ、恐がらなくていいんだよ。ほんのちょっと楽しい時を過ごすだけなんだから。
“欲望の小道”を通って“可愛いキューピット”の流れに沿ってその泉までお行きなさい。そこから2本の楡の木のところまで行くと、“放棄のくぼ地”の真中に“恋人たちの小屋”があります。
“欲望の小道”を通って“可愛いキューピット”の流れに沿ってその泉までお行きなさい。そこから2本の楡の木のところまで行くと、“放棄のくぼ地”の真中に“恋人たちの小屋”があります。
1階通路・階段スペースおよび2階通路に飾られています。

レイモン・ペイネ [RAYMOND PEYNET]

1999年1月14日、南仏ムージャン市においてペイネは永眠いたしました。享年90歳でした。「愛と平和のこころ」をテーマに「恋人たち」の姿を描き続けた画家の魂は、2年前に他界したドゥニーズ夫人のもとに旅立って行きました。現地フランスではマスメデァがいち早くその訃報を報道し、遺族のもとにはフランス文化相、パリ市長などから弔電が寄せられました。日本においても有力新聞社各紙がそのニュースを報じたのも記憶に新しいところです。 ペイネの代名詞といえる「恋人たち」は、パリ、ヴァランスの野外音楽堂(キオスク)を見たとき、バイオリンを奏でる青年と、彼を見つめる少女という強いイメージを受け、作品となりました。1942年フランスの小さな雑誌「リック・エ・ラック」に初めて掲載され、やがてフランスのみならず、世界中の人々から愛されるようになりました。そこには誰もが共感する男女の愛情や、自然や動物へ注がれるやさしい気持ちがふんだんに描かれ、一見単純とも思われるデッサンのひとつひとつに、いつの時代にも変わらぬペイネの思いが込められています。
 

プロフィール

1908年

11月16日、パリに生まれる。

1922年

広告デザイナーを目指し、パリの産業装飾美術学校に入学。

1936年

イギリスの雑誌「ザ・ブールヴァルディエ」にデザインを発表。

1942年

パリ、ヴァランスの野外音楽堂(キオスク)を見たとき、バイオリンを奏でる青年と、彼を見つめる少女という強いイメージを受け作品となり、1942年フランスの小さな雑誌「リック・エ・ラック」に初めて掲載。

1952年

ビオ市の名誉市民に推挙される。
フランス人気質賞受賞、国際ユーモア賞受賞。

1958年

ブリュッセル万国博覧の都市計画館の装飾を依頼される。
ペイネ作の人形や絵はがきも展示される。

1960年

国際ユーモア賞受賞。(ブリュッセル)

1970年

国際オスカー賞受賞。

1974年

イタリアにて「ペイネ愛の世界旅行」(アニメ映画)が制作。

1976年

パリ、ヴァランス市の名誉市民に推挙される。

1980年

イタリア、アラッシオの壁面装飾を製作。

1981年

フランス、カロの壁面装飾(40m×8m)を製作。

1982年

ペイネの「恋人たち」誕生の地、パリ、ヴァランスの野外音楽堂(キオスク)が、歴史的建造物の指定を受ける。

1984年

アルノー・ドゥ・ヴェーグル社より、A・ドーデ「風車小屋便り」の挿し絵220部限定出版。

1985年

ペイネのデザインでバレンタイン・デー記念切手発行、また、郵便局美術館のために210フラン切手をデザイン。

1986年

アンティーブ市の名誉市民に推挙される。ボルディゲーラ市(イタリア)の名誉市民に推挙される。軽井沢にレイモン・ペイネ美術館がオープン。
ペイネ夫妻来日。

1987年

芸術、文学賞受賞。

1988年

アンティーブ・フランスに、レイモン・ペイネ美術館がオープン。

1992年

日本各地にて、「ペイネ愛の世界展」巡回。

1998年

ブラサック・レ・ミンヌ市にペイネ美術館オープン。

1999年

1月14日ムージャン市にて永眠。

ペイネ作の像
ペイネ作の像
軽井沢タリアセン内にあるペイネ美術館
軽井沢タリアセン内にあるペイネ美術館

20世紀の贈物

公園の片隅で寄り添う山高帽の男の子と愛らしい女の子。二人を祝福する天使や森の動物達。フランスの画家レイモン・ペイネの描く「ペイネの恋人たち」は世界中の人々に愛され親しまれています。恋人たちの誕生は、フランス中南部の町、ヴァランスにある小さな野外音楽堂とペイネとの出会いに始まります。人類の経験した憎しみあいや、あらゆる不幸に対して心を痛めるペイネは自らの筆に平和を託しました。“愛で世界中をひとつにしたい”彼の強い願いは「ペイネの恋人たち」として実り、平和や愛に見放された暗い社会に一筋の光をもたらす希望の使者となったのです。人類の尊厳と生命の尊さを訴えるとともに、人類愛に満ちた平和な世界をおおらかな男女愛に代えて謳い上げ作品には見る人を微笑させずにはおきません。ペイネ美術館はそうしたレイモン・ペイネの志に共鳴するとともに、愛と平和のメッセージを20世紀の贈物として一人でも多くの方にお届けしたいと考えております。
 

ペイネ美術館のパンフレットの中から

 

1回の手続きで予約が成立します。
今すぐ予約をご希望の方はこちらから!


 
 オーナーから返信メールを送信します。

1回の手続きでは予約は成立しません。
空室確認・見積りだけでもお気軽に!


システムの都合上、空室情報で空室がありましても「オンライン予約」では予約が出来ない場合がございます。空室情報をご確認の上、お手数ですが「予約のお問い合わせ」もしくは直接お電話にてお問い合わせ下さいませ。
TEL:0555-76-7258


お問い合わせの方はお気軽にこちらまでメールをお願いします。