若いときはこんなことに夢中でした    写真をクリックすると拡大します。

    塔ヶ岳頂上
1976年(昭和51年) 9月
丹沢縦走
塔ヶ岳(1490m)→丹沢山(1567m)→蛭ヶ岳(1673m)
座間高ワンゲル部の月例山行
妻 惠子も一緒でした。(左2人目)
高校時代は年間平均20〜30回くらい山登りに出掛けていました。
神奈川県の丹沢がホームグランドでした。写真の趣味がなく、その頃の写真が少ないのが残念です。
ただ地図の登山道に自分の歩いた印を付けるのが面白くてほとんど塗つぶてしまいました。

     北岳頂上
1977年(昭和52年) 7月
南アルプス白根三山縦走 ワンゲル夏合宿
北岳(3192m)→間岳(3189m)→濃鳥岳(3026m)

3年生として最後の夏合宿。これで引退かと思うと寂しくもありました。

   奥穂高岳頂上

河童橋からの穂高
1978年(昭和53年) 10月
上高地→涸沢テント泊→奥穂高岳(3190m)→上高地
ワンゲル仲間 斎木氏と2人で。
思わぬ新雪のため穂高縦走計画は断念。
テントの中も凍りつく寒さでした。

奥穂高岳頂上から槍ヶ岳方面の稜線のパノラマ

1979年(昭和54年) 6月
群馬 谷川岳(1963m)に単独山行

初めて土合駅を降りたらびっくりしました。トンネルの中に駅があり、
地上に出るまでの階段のその長いこと。電車を降りたら、すでに山登りは
始まっていました。

高校を卒業してからは単独行が多くなりました。仲間もそれぞれの道を歩み、時間が合わなくて。
それでも夏には必ず計画を立てて集まってました。打ち合わせはいつも居酒屋でした。

    槍ヶ岳山荘前
1979年(昭和54年) 8月
槍ヶ岳・穂高縦走 単独行
上高地→槍ヶ岳(3190m)→北穂高岳(3106m)→
奥穂高岳(3192m)→前穂高岳(3090m)→上高地

着ているシャツは高校時代のユニフォームです。このシャツは今でも持っています。
大事な宝物ですから。
この槍ヶ岳・穂高縦走も独りでした。バイトをしてお金ができたら、いつでも思いつきで山に入っていました。
この時もまたいつでも来れると思っていたので、カメラを持って行きませんでした。この写真は山荘で寝場所が
隣だった大阪の子連れのお父さんが撮って、後に郵送してくれたものです。そのお父さんは私が独りなのにではなく、
カメラを持たずにこんなところまで来たことにとても驚いていました。あの頃は本当にいつでもどこでも行けるような
気がしてました。問題はお金をどう工面するかだけで・・・・

 白馬岳頂上

猿倉荘にて
1979年(昭和54年) 9月
白馬岳(2933m)・朝日岳(2418m)縦走
ワンゲル仲間 坪井氏と2人で。

悪天候で頂上での視界はゼロでした。
下山途中に電電公社の車に乗せてもらい、富山まで行きました。



黒部ダムをバックに 剣・立山の稜線 剣岳頂上
1980年(昭和55年) 7月
剣岳(2998m)・立山縦走
いつものワンゲル仲間と。集合場所もいつもの新宿駅アルプス広場で。

     北岳頂上

広河原からの北岳
1981年(昭和56年) 8月
南アルプス白根三山縦走  学生アパートの同期 安田氏と2人で。
北岳(3192m)→間岳(3189m)→濃鳥岳(3026m)
山小屋よりテントの利用が多かったです。他の人に気を使わなくていい気楽さとやはり節約のためですね。

     富士山頂

山頂浅間大社前

 8合目で迎えた御来光
1979年(昭和54年) 7月
富士登山 大学のサークルの先輩と2人で。初めての本格的登山のもかかわらず元気で
お鉢めぐりまでしました。途中、観測所のところで1時間お昼寝をしたことをよく覚えています。
この頃は大学の先輩やら後輩やらに頼まれて夏と秋に2回富士登山をしました。
やはり日本人の心の中にも一度は登りたいという思いがあるのでしょうか。

    富士山頂

   山頂浅間大社前
1979年(昭和54年) 11月
富士登山 学生アパートの先輩・後輩と3人で。
後輩がアメリカ留学に行ってしまうので、思い出にと11月にもかかわらず
無謀な計画でした。道はすでにアイスバーン状態でアイゼン2つを片方
ずつ2人に貸して這いつくばって無事登頂。今までで一番怖かった思い出です。


   上高地・河童橋

    蝶ヶ岳頂上
1983年(昭和58年) 9月
上高地→蝶ヶ岳(2664m)→常念岳(2857m)→横尾山荘→上高地
槍ヶ岳から奥穂高岳の稜線を見たくて・・・・
妻とは高校時代からの付き合いで本当に長い付き合いです。(もちろん現在進行形ですが)
学生の頃からあまりデートらしいデートは少なくて、やはり山が多かったです。結婚してからも
子供ができるまでそうでした。安上がりでいいかも。

   槍ヶ岳頂上手前

    槍ヶ岳頂上

   穂高への稜線
1985年(昭和60年) 8月
八ヶ岳縦走
黒百合ヒュッテ泊→天狗岳(2646m)→硫黄岳(2742m)
→横岳(2825m)→赤岳石室泊→赤岳(2899m)→
権現岳(2704m)→清里
1986年(昭和61年) 8月
北八ヶ岳 双子山(2224m)→横岳(2473m)

赤岳山頂
1988年(昭和63年) 9月 八ヶ岳縦走
美濃戸口→赤岳(2899m)→赤岳頂上小屋泊→清里

頂上にて御来光をバックに

富士山頂
1996年(平成8年) 7月
富士登山 ペンションオーナー仲間で。
河口湖に移り住んでペンションを始めてから(イコール子供が生まれてから)山登りはしなくなりました。
学生・サラリーマン時代にあんなに山に飢えていた自分がウソのようです。自然と身近な環境にいるからなのか、
子供ができて冒険する勇気が無くなってしまったのか、自分でも不思議です。
1997年(平成9年) 10月
河口湖 大石峠
ペンション仲間で川原でバーべQを楽しみました。
1998年(平成10年) 3月
金時山(1213m)
ペンションこすもすのオーナー夫妻と。
帰りは箱根の温泉で疲れを取りました。
ペンションライフは今まではイコール子供との思い出作りの時代でもありました。その子供もだんだん大きくなり、
親との距離を置き始めると、最近感じ始めました。親はまた自分で思い出作りをしていかなければいけないんだと。
若い頃のようにはいかないけれど、そのうち山に行きたくなる日も近いかも知れません。